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東北震災支援「たこ焼きプロジェクト」(2011.11.24〜27 )


2011年3月28日から4月3日まで丸7日間「東日本大震災」被災地を支援するサイクルボランティア・ジャパン(CVJ)「足湯プロジェクト」の一員として福島県に入り活動をしましたが、今回も同じ「CVJ」の「たこ焼きプロジェクト(PJ)」メンバーとして11月24日から11月27日まで福島県南相馬市の4つの仮設住宅での活動に参加しました。

「足湯」の際には、震災直後でボランティアの受け入れどころではない混乱の中、地震の後、日が経過するにつれ、支援内容も現地ニーズに合わせて次々と変えざるを得ず、CVJメンバーの金木さんの人脈でやっと受け入れ先のメドが立った時点で、被災者のためにできることとしてメンタル面でのケアで役立てればと考え「避難所」での「足湯PJ」がなされました。

すでに、この「足湯PJ」実施の時から、次回は大阪名物「たこ焼き」も食べていただければいいなあという思いが心の片隅にあり、当時、他のメンバーとも話し合ったりしていました。その後、CVJ関西支部メンバーのなかで話を進め、8月には「足湯」の際、お世話になった現地の方々との再会も兼ね、4名で再び東北を訪れ「たこ焼きPJ」の打診と協力依頼を行ない、具体化に向けての意見交換などを行ないました。

<8月福島県「岳温泉」で再会>

そして、今回の「たこ焼きPJ」実施にあたっては、「足湯」の折にお世話になった福島県職員の二瓶宏孝さんより、南相馬市小中PTA連合会長 西 道典さんを紹介していただき、この西さんのコーディネートにより、南相馬市内にある4カ所の仮設地域で丸2日間にわたっての活動が実現することになりました。

◇ 11月24日(木) CVJメンバー:5名+1名

CVJメンバー金木さんと知人の原崎さんは岡山県からワゴン車に「たこ焼き」に使う攪拌機などの資材を積み込み、夕刻大島宅へ。今回のPJにあたって、たこ焼きの作り方・材料の仕入れ先紹介などさまざまなアドバイスをいただいた近くの「たこ焼き屋」さんで、試食と最後のアドバイスをいただき、現地で行なうたこ焼きの材料、当てもの、寝袋を入れたリュックなどたくさんの荷物を満載して18時半枚方市の大島自宅を出発。途中同じ枚方市在住のCVJメンバー友田さんの自宅に立ち寄り、合計4人のメンバーが岡山からのワゴン車に乗り東北へと向かいました。
もう1台はCVJメンバーの加藤さんの車で、仕事を終えた西上さんをピックアップし、20時過ぎに同じ枚方市を出発。

当初、北陸道を経由していく予定でしたが、雪の情報が出ているのがわかり、急きょ東名経由に変更する旨を後続の加藤さんの携帯に伝言を入れ、福島県に向かったのですが、この選択は後に大きなハプニングを引き起こすこととなりました。
先に出発したワゴン車は、東京への近道である「第二名神」を利用したにも関わらず、何度か道を間違えたり、途中のドライブインで食事をとったりしたこともあって、2台の車が合流した「富士川SA」では、約2時間も後から出発した加藤さんの車の方が先着し、待っていただくというようなドタバタとした形の合流になりました。


<「たこ焼きPJ」支援メンバー>

◇ 11月25日(金) CVJメンバー:5名+3名

途中、休憩とドライバーの交替をしながら、夜を徹して走り、東京から先はカーナビを頼りに「常磐道」を利用してひたすら北上し、目的の南相馬市まであと20キロほどのところまでやってきました。
ナビでは通行可能ということで進んできたのですが、道路中央で係員が通せんぼをするように立ち「ここから先は原発20Km以内の地点になり許可証がないと進めない」とのことで道路が閉鎖されていました。

「では、どのようにして南相馬市に行けばいいのか」と尋ねると「来た道をいわき市の方(南)へ10Kmほど戻り、次に内陸部(西)の方へ50Km入り、そこから国道349号線を30Kmほど北上し、川俣村からは進路を再び太平洋(東)側に進路をとり、飯館村を経由して約50Km走り、南相馬市には北西側から入らねばならない」ということがわかりました。

ここで思い出したのが、コーディネートしてくださった西さんの「大阪からであれば、北陸道→磐越道→東北道で来るように…」という「アドバイス」でした。この「ことば」を聞いて思ったのは「一番近道である」といった程度でしかとらえておらず言外に「常磐道からは来れないよ」という意味があるなどとは微塵も想像できませんでした。
現地に到着して西さんからの話で、過去、南相馬市に入られたボランティアの数組が同じルートで迂回を余儀なくされたとのことでした。東京からであれば「常磐道」でなく「東北道」を選択しておればこうした大幅な時間ロスが避けられたのですが、ともかく大回りをして西さん宅に到着したのは9時過ぎとなっていました。

10時から第一回目の「たこ焼き」を実施することになっていたため、西さんが宮司をされている「男山八幡神社」の社務所に「たこ焼き」で使わない荷物をとりあえず置かせていただき、西さんと現地での協力メンバーで「足湯」の折にもお世話になった田川順一さんと共に「寺内塚合」仮設住宅エリアに向かいました。

<たこ焼きPJ>ポスター

集会所ではすでに自治会長さん、同じく「足湯」でお世話になった二瓶さんが待ってくださっており、集会所前にテーブルを並べ、「たこ焼き」準備を大急ぎで整えました。
ポスターのように、4カ所の仮設エリアで活動をしましたが、いずれもそれぞれの地区にある集会所の前で、足の長いテーブルをお借りし、それをコの字型に並べ、

  • コの字上部横線の部分にあたる所に「綿菓子」・「ポップコーン」の機器。
  • 縦線にあたる部分が一番長くテーブル2-3台の上に「子ども用当てものコーナー」、
    「大人用お楽しみコーナー」である“トレビの泉”、そして「たこ焼き器具」を設置し、
  • コの字の底辺の横線部分は料理人「田川さんのコーナ-」

という設営で活動を行ないました。

左から<子ども用あてもの><綿菓子><たこ焼き風景>

仮設住宅の方々には「たこ焼き」がメインとなるのですが、何分焼きあがるのに時間がかかるため、それを待つ間、まず綿菓子・ポップコーンを食べていただき、子どもたちは4種類の当てもの、大人は“トレビの泉”(水槽の中にあるコップに1円玉を落とし、入らなければ大阪名物の「粟おこし」を1個、入ればたくさんお渡しする)を楽しみながら列を進み、最後に「たこ焼き」を受け取っていただくといった流れで活動を行いました。
また、3月「足湯」の際、お世話になった「田川さんのコーナー」では、4回の活動すべてで、バーベキューコンロやジンギスカン鍋を使って「伊達物産」提供による「伊達地鶏手羽先焼き」や「手羽先と大根との煮付け」、たこ焼き用に買ったタコを使っての「たこの素焼き」などの料理を「仮設」の方々に振る舞ってくださいました。

この日の昼食はゆっくりと食べる時間がなく、たこ焼きだけを口にして、午前の活動を終えると早々に撤収し、車で5分ほどのところにある「牛河内第2仮設エリア」で午前と同様の活動を行ないました。
仮設住宅も建築した業者によって建物が変わり、この地区は間伐材を利用した「ログハウス風建物」となっていました。午後の活動を終えてからは、市内にある銭湯に行き約40分間で汗を流し、夕食は「足湯PJ」を行なった伊達市梁川体育館に避難されていた方が、南相馬市に戻り仕事をされている「鶏料理」のお店に行き、英気を養いました。


<鶏料理のお店で…>

◇ 11月26日(土) CVJメンバー:7名+3名

また、現地「PJ」2日目の11月26日は「eコア活動」として、関東からCVJの縄倉・竹内さんが合流してくださり、コの字型に並べたテーブルの横にテントをはり、現地の方々の自転車の整備や「eコア」装着3台、あるいは「たこ焼き」スタッフとしてフルに活動をしてくださいました。
1日目午前「寺内塚合(つかい)」(約170戸)、午後「牛河内(うしこうち)第二」(約70戸)、2日目午前「牛河内(うしこうち)第四」(約70戸)、午後「小池第三」(約150戸)の4カ所すべての仮設エリアでの活動中は、並んでくださる列が絶えることがなく、多い時には待ってくださる方が50名を越えるなど、大盛況となりました。


<「11/26活動あれこれ」と、昼食をとった「仮設商店街と広場」(カラオケ大会の最中)>

2日間という短い時間でしたが「仮設に来てからお祭りもないし、こうして来てもらってとてもうれしい」「子どもや孫のために綿菓子を買ったことがあるが、まさか自分が食べられるなんて…」など多くの感謝の声に接し、心温まる交流のひとときができたことは大きな喜びとなりました。
(文責:大島 政広 おおしま まさひろ)

 

※ 以下、岡山から参加してくださった原崎さんの感想文を紹介します

<地鶏担当中の原崎さん>

「福島でのボランティア活動」

今回、福島にボランティアに行ってみて、東北は、自分の中で未開の地だったので新鮮な空気がしました。片道15時間という、今まで体験したことのない長距離の運転、首都高速の複雑さ、東北の山々の鮮やかさなど、往復の行程でもいろいろなものを見て、知って、体験することができました。

たこ焼き作りの作業では、初めてだったのでご迷惑ばかりおかけしました。自分の中では、たこ焼き作りが少し上手くなったつもりでいます。仮設で過ごされている方々と触れ合って、はじめ持っていた印象とは、打って変わって明るい方ばかりでこちらが元気をもらっている気がしました。ボランティア後の飲み会も本当に楽しかったです。

ここからは陸前高田に向かって北上した話なのですが、途中で半壊した住宅を地域住民の方々総出で復旧作業されていたのを見て、ここまで人間って協力できるんだな。今自分たちは同じことができるだろうか?というようなことを考えさせられる光景でした。

陸前高田の街に入って、何もない。という光景が広がっていました。市役所も消防署もデパートもめちゃくちゃに壊されており、駅に至っては跡形もありませんでした。この光景を見て、物の匂い、音など動画で見ただけでは体感できないものを感じることが出来ました。

今回のボランティアを通じ、今まで経験したことのないことをたくさん経験することができました。このような貴重な経験をさせていただき、大島さんをはじめCVJの皆様には本当に感謝しています。ありがとうございました。
(文責:原崎 奨太 はらさき しょうた)


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